Wandering Star Line

好きな子に満ちた世界で笑って生きています

2016.11.15 天皇杯4回戦

今年は実によく等々力に行っている。
8/6甲府戦(宇宙強大)、9/10福岡戦(川崎ものづくりフェア)、9/25Fマリ戦(東急グループフェスタ川崎の車窓から)、10/22広島戦(陸前高田ランド秋)、11/3ガンバ戦(Doleランド秋)。そして先週末の土曜日、11/12、天皇杯4回戦、対浦和。フロンターレに慣れない人にはカッコ書きの中が意味不明だろうが、試合の際に行われているイベント、キャンペーンのタイトルである。
新しいメインスタンドのおかげもあってさらに通いたくなる場所になったし、だいたい年の後半は他の現場通いとの兼ね合いも付けやすいところへ、今年はとても体の自由がきく。リーグ戦に関してはこんなことならクォーターシーズン買っておけばよかったよ。来年は考えよう。

年何回っていうペースだけど長らく等々力でフロンターレの試合を観戦していて、忘れることのできない試合がある。

2013年のホーム最終節。
相手は(当時ウチとは喧嘩上等状態だった)横浜Fマリノスマリノスは勝てば優勝。フロンターレは5位だったが首位チームの勝ち点は混戦状態にあって、わずかに3位ACL圏内の可能性を残していた。
首位Fマリ勝ち点62。2位広島60、3位鹿島59、4位浦和58、5位川崎57、6位セレッソ56。
最終節はFマリと川崎、広島と鹿島、浦和とセレッソの試合だった。
加えて移籍1年目の大久保嘉人の得点王が決まる試合でもあり、13年間ミスターフロンターレとしてチームを支えてきた、「ケンゴの永遠のライバル」DF伊藤宏樹引退試合でもあった。(今思えばこの後ヨシトは3年連続で得点王になるし、ヒロキさんはコーチになるかと思いきやクラブ社員になって珍プロモーションに自ら身を投じていくことになるわけで、ほんっと人生はわからん)
試合は、1-0で勝った。ザル守備で名高い我が軍が、後半序盤のレナトの1点を守り切って勝ったのだ。
広島は鹿島に勝ち、セレッソは浦和を負かした。優勝は、広島のもとへ転がって行った。最終節勝ち点広島63、Fマリ62、川崎60。土壇場でのACL出場権獲得。まさかの奇跡は起きたのである。
当時私はまだホームA自由席で観戦していて(今年からはS席に行ってます)、この日はスケートで言うロングサイドに席が取れず、ショートサイド、要するにホームのゴール裏の後ろの方になんとか立席で場所を確保してその瞬間を見ていた。
私はあの時初めてサッカースタジアムで泣いた。1Fゴール裏の低い天井の下、打ちっぱなしのコンクリートに歓声が跳ね返り怒涛のように渦巻く中で、歓喜と感慨を叫びながら涙は勝手に溢れ出していた。
ピッチでは中村俊輔が動けずにうずくまって泣いていた。
選手本人に対しては遺恨はないけれど、その時Fマリの目前の優勝を殴って勝てたことは、当時はあまりにも清々しい意味を持っていたのである。
その後のヨシトとケンゴがふたりでヒーローインタビューに立ち、得点王の獲得とヒロキさんの引退に寄せて涙したこと、全員揃っての最終節セレモニー。そして最後にピッチにファンを降ろしてのヒロキさんの引退セレモニー。いずれも忘れ難い。夜も遅くなり冷え込む中、延々と並んだファンの最後の一人まで、ヒロキは一人ずつ言葉を交わして、握手して、去って行った。私は現役のサッカー選手と言葉を交わしたのも握手したのも、あの時が初めてだった。

さて、この話は前座だ。

あれから3年弱、2016年9月25日。カードは奇しくも、あの時と同じ横浜Fマリノス
私はこれまたとんでもない感情エネルギーを消費するゲームを経験することになる。
ゲームはフロンターレが優勢に進め、終了までに2-0とリード。下部組織育ちの三好のゴールがあって。途中、GKの新井が味方との交錯で脳しんとうを起こして敢えなくOUT、J1デビューの第3GK高木がゴールを守ることになるが、彼のパフォーマンスは落ち着いていて選手たちにも動揺はなかった。脳しんとうを起こして立てなくなった新井を遅延行為と勘違いしてブーイングを送るマリサポに、ケンゴもマリノス齋藤学ジェスチャーで静まるようサインを送ってくれ、それに応えてくれたマリノスのゴール裏に「ありがとう」と手を合わせるケンゴ、そんなシーンも見られたのである。
「2-0は危険なスコア」(Jリーグ格言)。それを地で行く展開は90分からだった。
新井の治療に時間がかかったこともあり、表示されたATはまさかの9分。そして9分の間の、何故か知らない間のたったの2分間で、スコアは2-2になっていたのだ。いつから試合が始まったのかももう頭の中では有耶無耶で、スタンドを覆う重たい溜め息は雲にもなりそうだった。
9分のプレイの間にもプレイ時間は伸び、延長は10分に。
もうこのまま終わってしまうのか、と思ったラストプレーはフロンターレの攻撃。ヤケ気味のシュートは相手GKの手をかすり、コーナーキックになった。笛はまだ鳴らない。等々力ではこういう時に、「なぜか」何かが起こる、と信じられている。等々力劇場と言われるそれはもちろん起こらないこともある。そもそもケンゴのCKはだいたいそういう儀式の一種であってウチにとってはチャンスでもなんでもない。果たしてケンゴのCKは一旦逸れ、セカンドボールを逆サイドから拾った田坂のめっちゃ美味しい匂いのするクロス、その行先は悠様、の身体を捻ってのヘディング。ボールは無理やりぎみにゴールへ押し込まれていった。Jリーグ史上最も遅い「90+10分」のゴール。3-2。およそ50秒後に笛は鳴り、自作自演臭い等々力劇場の幕は下りたのである。
ピッチの上の選手は喜ぶより先に座り込んでしまっていた。スタンドの我々の上げた叫びも歓喜というよりは身体中のエネルギーを出し切ったというもので、勝利後とは思えない疲労感だった。過呼吸で頭が痛かった。普通に勝てる試合がどん底まで落ち、それを地平のレベルまで戻したのだ。振れ幅のエネルギーは大きかったものの、もうこんなことは勘弁してくれ、という気持ちの方が大きかったのである。
この後、いつもの中原の飲み屋で、痛む頭を押さえつつ打ち上げた。隣の席が(最初そうとは気付かなかったが)マリサポのお兄さん二人組で、席を立つ時に「フロンターレ強かったよ。いい試合だった、ありがとう」と酔っぱらった顔で笑って挨拶していってくれた。マリサポという概念とは長年の犬猿の仲であるのだけど、新井の件といい、この日はその遺恨を自分の中では終わらせてもいいのかもしれない、と思った日でもあった。(最終節の件で更にその思いは強くなった。すまん…)

さて、実はこの話もまだ前座だ。

それから約1か月半後。2016年11月12日。天皇杯、ラウンド16。相手は浦和レッズ
天皇杯を見に来たのが一体いつぶりか思い出せず、しかも場所は初めての新メインスタンド(※等々力のメインスタンドは既に運用開始から2年近く経過しています)。ついでに席が思った以上にピッチに近く、今季バクスタ2階S席を根城にしていた私は軽く動揺し、かつ興奮していた。
前週のJ1最終節ガンバ戦。今度は2-0から最終盤で2-3になって負けるという最悪のパターンで年間勝ち点首位を逃した。10番大島、11番小林が最終節に怪我で不在というのも酷かったが、この天皇杯は加えて14(ケンゴ)までも不在。ベンチメンバーは明らかにBチーム、スクランブルという雰囲気が濃厚だった。正GKソンリョンが戻ってきてくれたのは嬉しかったが、怪我は完治していない。不安しかない一戦。家を出る時に母に「勝つといいわね」と声をかけられても「あー…まぁね…」としか返事ができなかったのだ。負けてもいいけど、ガンバ戦の後半みたいにならなければいい。そのぐらいの気構えである。
だが、予想に反してレッズとの殴り合いは小気味良いほどの噛み合った殴り合いだった。試合後コメントで風間監督が「海外の試合のようだった」と評した通り、ピリピリと盛り上がり、怪我しない程度に荒れて、質の高い格闘技を見ているような気分だった。ピリピリの半分くらいの原因は審判の謎レフェリングだったんじゃないかと思うが、それにしても見ごたえがあった。板倉、三好、長谷川。おそらく相手サポの多くやテレビの前の視聴者には「誰?」と思わせただろう10代の若手が委縮せずに、ヨシトをいい踏み台にして躍動していた。森脇と喧嘩する三好、後で動画で見たけど凄かったな。もう来季の13番は三好でいいんじゃないか。
0-0で折り返した前半から、後半に先制されて嘉人がPKで追いつき、もう一度リードされても今度は後半ATに森本が押し込んで追いついた。2-2で延長30分へ突入。ピッチのほとんどが足を攣らせて、ボールが止まる度に2人3人と脚を伸ばしているいるような状況で、とうとう3回目のリードを許す。ところが、一瞬でもチャントのボリュームは落ちなかった(※これ、サッカーの応援だと当たり前と思うかもしれないけど、川崎の応援ってなぜかこういう時に一緒にしょんぼりしてしまうことが多くて、ガンバ戦の時は全員静まり返ってしまったのだよ)。選手は誰も意気消沈していない。腫れるほど手を叩きチャントを歌うと、必ず行ける、もう一度追いつけるという確信のような闘志を、共に後押ししている昂揚が沸き上がった。9月のFマリ戦の時には感じなかった、3年前のあの時みたいなポジティブな一体感が、等々力を包んでいた。
風間サッカーの肝は「超絶精度の華麗なパスサッカー」だ。しかし彼らが最後に見せてくれたのは、板倉にエドゥアルド・ネット、高さを生かしまくったパワープレーの放り込み大作戦。まさかすぎるぜ、やっひー。同じことを3回やって、3回目に板倉の折り返しをエドゥアルド・ネットが頭で押し込み、3回目の振り出しに持ち込むことに成功する。そして延長戦終了の笛。
あ、勝てる。この試合勝てる、と思った。
120分を走って、3度先制したのに追いつかれた浦和と、3度追いついた川崎では、まったくメンタルの有利さが変わってくる。後から知ったが嘉人がコイントスで勝ってくれて、PKを蹴るゴールはホーム側。円陣を組むのもフロンターレの方が早かった。GKソンリョンはさすがの韓国代表、落ち着き払った迫力があり、まるで相手が勝手に外していくように見えた。止めたものの新ルール適用による反則をとられ、やり直しになった阿部のPKは成功になったが、レッズは結果として全員がPKを外してしまったのだ。1点目と同じ方に撃ち込んだヨシト、ヨシトと同じコースに蹴った三好、チップキックを成功させたエドゥ。4人目のネットが蹴り込んだ瞬間に試合が決まった。今度はもう相手の選手たちは目に入らなかった。120分走ってさっきまで脚攣ってた人とは思えない勢いでGゾーンのコアサポの方へ走っていく選手たちを見ながら、跳んで、叫んで、周りのサポさん達とハイタッチして、久々のアバンテ―勝利のチャントを大声で歌った。
このメンバーで、この展開で、あんな審判で、相手ベンチスタッフの試合妨害にも遭って、なおもこのようにポジティブに勝ち切れたことは本当に素晴らしい。いや、もし勝てなくても素晴らしい試合だった。いずれ、フロンターレにとって一つの転換点になった試合として思い出すことになるんじゃないかな。試合後にあちこちのサポーターから聞かれた言葉だけど、私もそう思う。いつかこのチームが、板倉と三好のチームになった時に、だ。