Wandering Star Line

好きな子に満ちた世界で笑って生きています

2013.05.20

昨日は久々(ほぼ7か月ぶり!)のイベント参加。楽しかったーーー!! 私の春夏は短いのよ!生き急いでるのよ!が最近の口癖です。 正直、シーズンインするとこれどころではなくなるのが本当に悔しい。 本当はもっとやりたいことはたくさんあるんです。 でも体もお金も時間も一人分しか持ってないんです…悔しい…。 試合も待ってはくれないけど若さも待ってはくれない。 顔面に7か月経った時間を巻き戻すのは容易なことではないよ。

やりたくて、でもやれなかった、本当はできたことがたくさんある。 少し悔しさは残るけど、でも自分では出来るだけのことがやれたとも思っている。 例えるならほんとは富士山に登りたかったけど、ずっと憧れていた穂高に登れたからいいや、みたいなそういう感じ。 それは妥協ではなく、自分が頑張ったこと、たくさんのすばらしい才能を持った人たちと出会った運、その人たちがくれたギフトを祝福する意味であって、決してネガティブに捉えてはいない。

そして今は、もうこれからは富士山はおろか穂高にも登れないだろうけど、でも丹沢くらいなら登れるし十分に楽しんでやるという、そういう気持ちかな。

イヤー、しかしGWからこっち凄まじい修羅場だったけど、やっぱり当日朝5時まで準備かかったけど、でも本当に…楽しいんだ。 何かを「見る」「受け取る」だけじゃなくて、「やる」「自分から発する」ってことは。

発する前の、もうだめだ自分ダメだ向いてないなんでこんなとろいんだやめちゃえうわーんって追いつめられて泣きながら作業してることすら、過ぎてしまえば甘い後味になる。 まぁこれも、山登りに似てるのかもしれない。

何かを好きになって、頭の中で次元を超えて、それを現実化する手段を組み立てる。 実際に仕様を決めて、それに合致するものを調達して、細かいディテールからプロップに至るまで詰め込めるだけこだわりを詰め込んで作っていく。 ただの素材が、自分の手の中で大好きな「対象」そのものに作り変わっていく。 出来上がってさぁリリース!ってなって、ロケーションから画面からどんな雰囲気とか、誰とやるとか、はたまたアウトプットは「画」じゃなくて「体験」ってことで「画」を残さずにただただ遊ぶことだって。

この一連を、だいたい全部一人で何の報酬も義務もなく、ただ「好き」っていう気持ちの結果として遊ぶ。 ホントに超クリエイティブな遊びだなと、改めてつくづく思います。 そう、ただの遊び。

私の周りにはすでに余人の到達できない域まで極めてる人も多いし写真展レベルの人もたくさんいるけど、 それも「アリ」で、これも「アリ」で、どれも「アリ」なのですよ。 コンテ切って超絶作りこんだっていいし、一日中遊園地で遊んでてもいい。 12年以上遊んできた何だってアリなこの世界が、そして「やろう」と思ったらどこまででもできるこの世界が、私は大好き。

裾野は見渡す限り広く、頂は見上げるほど高く。

さあ、私の春夏は短いのよ!立ち止まる暇などないのよ!

それにしても眉毛が極限レベルに無いので(イベント明けあるある)朝トイレであわてて描いた。 この顔でマスクして出てきたらかなり怖い人決定。お客さんびびっちゃうよ。

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