Wandering Star Line

まあ楽しくやろうぜ

2018.08.10 悲伝おわって思うこと

悲伝の話はちゃんと書こうと思ったら20000字は書かなければならない気がして、でも(夏バテと体調不良と仕事のストレスで)現状それをやる体力が私に残っていなくてすごく残念。なので大きな声で伝えておかねばならないことだけ書き留めておく。私はあらまきよしひこくん演じる山姥切国広くんと一緒に、あまりにも完璧な2018年7月のあの場所にたどり着くために2015年の1月にあのゲームに出会ったんだと思うよ、この私が、そう言い切ってもいいと思うほどにこの結末に立てたことをすごく、すごく、感謝している。すごく。色々なことが言われているけど、私が見届けることができたのは銀劇の凱旋公演、もうあの繰り返しも終わりに近づいていた46回目、あと千秋楽53回目のLVだけだったけど、それでも積み重ねられてきた試みの意味を私は深く理解して、それを伝聞する過程も含めての「作品」なのだと思っている。この場所に、こういうスタンスで、こういう心持ちで立てたことは当たり前ではないと思うので、コンテンツを与えてくれた人たちに対してはもちろんのこと、あきらめずに走ってきた自分に向けても、よかったね!えらかったな!って気持ちです。実際のところもう半年以上ゲームには手を付けてなくて、2.5以前にもう刀のゲームはいいかなーって思いかけてたけど、こういう思いをできるのなら、もうちょっと走り続けようと思うよ。

ウオ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!これ観た後に極が待っている山姥切国広の審神者のみんな~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!生きてる~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~???????????????????????????????????????

2018.07.19 スタミュミュとかいうミラコー

ミュミュ2。2回観ました。ひたすらミラクルだったし、最高だったし、ユメ☆イロでいきなりクライマックスだし、どうにかしてもう一度1st上演してほしいし、新空閑マンは俺は誰とも馴れ合わない(実際ははちゃめちゃ馴れ合ってる)だった。1回目は七夕で、隣の神宮と秩父宮でなんとか坂のライブやってて外苑前isただただカオス。ラストのちむらぎのお別れシーンの最中にでっかい地震があったんだけど、最初は「隣もクライマックスでファンが一斉にジャンプしてるんだな」と思いました。凄い揺れましたね。びっくりした。2回目はその2日後の月曜で、このスタミュミュ2でいったい何が起こるのかを把握してから見てもやっぱり混乱で死ぬという、そういう結論だった。
初見の我々「一体何を見せられているんだ…」
2回目の休憩時間での我々「一体何を見せられているんだ…」
内容を飲み込んだ上での我々「一体何を見せられているんだ…」
カテコのゆづくん「愛です」
我々「愛か…」
スタミュというのはそもそもBL目線が意味をなさない作品だったのだけど、ここまで来て尚もこう明文化しない男の子たちの強く濃い絆や執着を味あわせて頂けるの、感謝の極みでしかない。

めちゃくちゃいろんなことがあるステージで、言いたいことがあまりにもたくさんあるのに結局「前半エレガンス。ハニトラ。後半ヒロイズム…(語彙を失う)」みたいになっちゃうの非常にアレなんですけど、観終わった後青年館の近所で飲んでいて隣に来たお姉さんたちも結局①「虎石くん」②「カップルだらけじゃねーか…」③「ヒロイズム」しかしゃべれなくなっていたのできっとみんな同類。

それにしても1st時点では虎石くんがここまで大化けするとは思わなかった。オーラありまくり。初見日は席が完全ドセンだったので虎石くんのハニトラ諸々正面から受け止めて見事な虎石の女が出来上がりまして、それを踏まえての2回目でも結局虎石の女は爆誕していた。虎石くんのあのスタンス、アニメ本編ではピンときてなかったけど、舞台でやられると何のこだわりもなく会場全員が虎石の女になれるの、すごくいいですね。
友人「戌峰担(興津ファン)で暁先輩ガチ勢で鳳先輩激推しで虎石の女」
私「わけがわからん。空閑担(前野ファン)で暁先輩ガチ勢で鳳先輩激推しで虎石の女」
友人「わけがわからん」
ハニトラ間奏の投げチューには「ふー!」って言ってあげたい声ヲタなんですがあれシーンとしてるのつらくないかなあ。

1stからのこの1年3か月の間にキャストの皆様が歩んできたおそらく努力の2文字でしか表せないであろう過程に感謝しかありませんでした。みんなすごいなあ。とてもとてもありがとうだ。スーパー上体ブレないマンはるちゃんの次に全然上体ブレないマンりょうくんがすごくて、暁先輩ガチ勢とかいう以前に彼から目が離せないシーンがいくつもあった。つりもとくんはいったいどこから鳥ちゃんの声帯をちぎって持ってきたのかと思った。ま、9日に見た方は中盤特有のゆるみというか、皆が一斉に楽しくなっちゃってる感が出てて、アドリブもハプニングもどう考えてもアウトなやつばっかりだったんですけど、それも含めて楽しんでしまった。ああ、3rd seasonをやる前にもう一度1stが見たいよ…。1st。見たくないですか。みんな好きでしょ。ご登校しようぜ。なんなら3回くらいご登校してくれてもええんやで。

2018.06.08 ウルトラブラストは後から効いてくるという話

前後したけどGWのスタリファンミ2日間行ってきました。

完全スプリントのセットリストと感謝しかない座席の引き、そして狂気のトロッコによって2日間が終わるころにはほぼ燃えカスみたいになっていました。翌日からの全身筋肉痛も凄かった。これ、ホールライブやアリーナのスタンド席、当然狭いライブハウスでも起こらない現象で、大きな会場のアリーナレベルじゃないと腹筋から首肩腕脚までの筋肉痛ってなりえないんですよね。自力で金テ拾ったのも何年ぶりなのかわからない。うたプリ声優諸氏があんなに近くに来たのも生まれて初めてです。初日の紀章さん、2日目の下野さん、至近の投げチュー死ぬわ。とにかく大変な機会だった。
hang in thereの引き起こしたカオスは一生忘れないと思います。 アンコールのマジLOVEメドレーには明確な殺意というか、要するに「みんなで死ぬぞ!」みたいな暴力性すら感じた。 1日目は前通路の暴れ放題ポジションで我に返ったら周囲誰も自分の席の前にいなくて大笑いしたし、2日目は終演後我に返ったら前の列と自分の列のパイプ椅子列がダリの絵画みたいになってて大笑いした。次元のゆがみか。 何もかもが思い出すにポジティブな混沌だった。 きっとあれをプリズムショー的に表現したらみんな全裸になる。

あの日以来ウルトラブラストの聞こえ方が変わりました。 終わった直後はそういうものだと思っていたけど、日を経るごとに「おや?」と思います。 大きな会場の大きなスピーカーの、地面を伝う低音。空気を震わすグルーヴ。音の持つ波が実体化したように押し寄せ、乗り物の様に我々を掬って浚って打ち上げる感覚。 あの日からだで感じた音が、今でも小さなイヤホンの奥から全身の感覚器を叩いて想起するんです。 いつでもまたあの音の波に乗って\おっおー/したい。 そう身体が求める感覚はライブを経なければ味わえないものだし、そういえば今までのプリライではあまり味わったことのないものだなと思います。 きっとまたいつか。いつだって次へ。

抹茶ソフトクリーム食べたんだけど、西武ドームでしかやってないパ6球団から選べるヘルメットソフトにしなかったのをいまだに悔やんでいます。

2018.04.12 宗教的なうたプリの話をします

 CDシリーズのリリースの狂乱から続いたシャイマス企画展も今週で終了、これからはGWのスタリファンミに突っ込んでいくぞ、それが終わったら今年も8周年記念日が来るぞ総員第一種戦闘配備が解けないぞというところで、ちょっとシャイマスを振り返ったり、ここ2年くらいで自分の中にまとまった宗教的な感覚を整理しておこうと思う。Shining Masterpiece Show、おそらく賛否もあっただろうこの企画が、また新たなうたプリの地平を切り開いたと断言できるからだ。我々は今その先鋒に立っている。

 前提として言っておくと私は森の民である。森とはすなわちヴァンパイアの住んでいる方の森であり、血まみれ彼岸花の方の森ではない。おおよそ3年前に森に棲み付いたままゾンビになったクチのブラシャの民である。ことあるごとにBLOODY SHADOWS2の予告編を勝手に作っている。カミングスーン!

 私にとっては2015年のシアターシャイニング「BLOODY SHADOWS」はうたプリのドラマCDシリーズの最高峰であり、乙女ゲームの前提を持ちながらアイドルちゃんの骨太の仕事とキャラクター同士の濃密な関係性をリスナーに味わわせることに成功した稀有な作品である。リスナーはヒロインを演じているという前提で世界に溶け込みながら、目の前でとんでもないどんでん返しを食らわされる。リスナーは同時に観客という視点で、それを驚きとあるいは爆笑とあるいは陶酔をもって鑑賞できたのだ。

 そんな森至上主義とも言える私だが、結局シャイマスの3作品を聞き終わった時にはひたすら首を垂れるしかなかった。今でも私の実家は森だけど、これは間違いなく我々と共に生きて歩む彼らの「証」だし、それを提示してくれたことに感謝しかない。劇団シャイニング、シアターシャイニングと続いてきた彼らの仕事、その積み重ねがあったからこそ今回のShining Masterpiece Showというエンターテイメントステージは存在し得たのだろう。あまたの男性アイドルが歩んでいく道、最初は当て書きの学芸会から始まって、そこから芝居やパフォーマンスを磨いていき、次第に自らの新境地を切り開いていく過程。更にトラディションを自らの解釈で新たにリコンストラクトするということ。それはそのまま、この4年間で歩んできた3つの彼らのお仕事シリーズに当てはまる。

 彼らは確実にこの4年間を生き、アイドルとして、エンタテイナーとして、これだけの力を私たちに見せつけるまでになったのだ。うたの☆プリンスさまっ♪というコンテンツはもはやそこにタブーやリミットを設定せず、彼らのできうる最大幅のエンターテイメントを、最も効果的な形で私たちに提示してくれる場所になった。舞台や映画のシリーズだけではなくて、その間に存在したライブもそうだし、シャニライの2曲のPVもそうだ。ウルトラブラストのリリースに関わる一連の動きだってそうだろう。我々が殴り合う相手はもう血の通う人間がやってるアイドルだけになってしまった。

 こんな中でそれを享受するファンも、ただ与えられる物語を読むのではなく、自分自身がシャイニング事務所のアイドルが生きている時代と次元を同様に生きているということに気付いた人が強く生き残っていくように思う。うたプリのファンであることはゲームをプレイしたり物語を読んだり歌を聞いたりすることももちろん含むけれども、本質はそうではない。本質はアイドルと同じ時空を生きて、紡がれる物語に自分もコミットしていくことだ。例えばシャニライは画面の中の彼らに会いに行く行為ではなくて、現実の世界にいるアイドルちゃんがファン向けにリリースしているアプリを楽しむ行為なのだ。ブロッコリーうたプリチームはこの7年間ずっと、ファンがそうやっていられるための裏付けを何層にも何層にもわたって丁寧に行ってきてくれているのだと思う。


 結局宗教だ。最近友達とうたプリの話を始めると必ず宗教になってしまう。信仰の会だ。言葉を尽くして何度でも、賛美と感謝を綴ってしまう。内輪で賛美と感謝を確かめ合うだけでなく、全世界の人に私がうたプリの民でいてどれだけ幸せなのかを知ってほしいし、うたプリがいかに我々を幸せにしてくれているかを知ってほしい。それはどう考えても宗教なのだ。

 最初は私にとってもただのゲームでキャラクターコンテンツだったはずのうたプリは、ある時期から人生のインフラだと思わせてくれるようになった。何がダメでもうたプリは我々を裏切らず、安定していて、安定して好きでいさせてくれるから生きていける。そこにお金を使うことは水道やガス料金のようなもの。享受した分の対価を払い、未来への投資を行うことはごく当たり前のことだ。それをさらに突き詰めたここ2年くらい、どうにもインフラは信仰を含むレベルになりつつある。日本ではなかなかその実感がポピュラーではないけれど、世界三大宗教が日常的に信仰されている国々での状態をなんとなく思い起こしてもらえればよい。

 ただ、不思議なことにこの衝動は布教をあまり含まない。どれだけ我々が幸せでいるかはあますところなく知ってほしいけれど、だからお前もこの神を信仰すべきであるとは思わないのだ。きっと今から好きになってもとても幸せで楽しい。好きになってくれたらうれしい。でもこんなに脳みそガンギマリになるほど我々が幸せなのは、年月をかけ、ひとつひとつの歴史を己の感慨を持ちながら一緒に歩いてきたからだ。その感覚はきっとうたプリを好きな人一人一人にその人なりの歴史を持ちながら存在していて、それが長くても短くても同じように作用しているものだと思う。


 そんな信仰の民はシャイマス企画展も気が狂うほど楽しかった。結局各期3回ずつ、計9回入った。今でもうたプリの企画展示の最高峰は2016年のShining Dream Festaだと思っているのだけど、今までうたプリでこんな風に遊んだことがなかった、というシャニフェスのあの衝撃、脳髄にキマってくる感じに似たものを、ロスアリの初回に行った時に感じた。映画を見るように直接具体的な物語や映像や体験が提供されるわけではないのに、その現実に自分から関わっていくことで目の前に全く違う景色が広がっていく。逆に自分から関わる能動を起こせない人にはあれはけっこう退屈なというか、そこまでのマジックを感じることが難しいものだったのではないだろうか。ディズニーランドの楽しさが、その種類も強さも深さも受け取る人依存であるのと同じだ。シャイマス展はディズニーランドだった。というかやはり、うたプリというコンテンツの楽しみ方自体がディズニーランド化しつつあるような気が最近している。


 GWのST☆RISHのファンミーティングは両日参加です。初めてうたプリの生のライブ的なもので隣に友達がいるよ…。何が起きるのか、私がどうなるのか。建国日はいつなのか。キングダムな日ってなんなのか。ひたすら楽しみにしよう。きっととても幸せな日になる。うたプリの民は365日全部捧げて、365日全部が幸せなのだ。そう幸せ。メルティー

2017.12.04 優勝

贔屓のチームが優勝してしまった。

勝って2位で良いって。
今年もよくやったね来年頑張ろうねって最終戦セレモニー観て。
そんで最高に美味い牡蠣食べて帰ろう。
陸前高田ランドバンザイ。
つとめて自然にそういう気持ちで脳内を塗りつぶすようにして私は等々力に向かったんです。
一つだけ確信していたのはこの試合は勝つだろうということで。
こういう局面で我が軍は往々にして格下相手に難しい試合に迷い込み、まぁしばしば自滅するというパターンを幾度も見ていたけれども、なぜか今日だけは勝つだろうとしか思えなかった。
それは相手のスペックや境遇がどうとかいうものではなくて、もはや単なる直観、インスピレーションみたいなものだった。
勝って2位かなって。
勝ち点70越えて勝てないならそれはやっぱり相手がスゲーんだって。
でも自分らの為した結果もすごいんだからそれを讃えようって。

だから私はSHISHAMOの朝子ちゃんみたいに「(優勝を)信じてたからびっくりはしなかった」なんて言えない。
今年は一度もリーグ優勝なんて本気で考えたことがなかった。
首位に立ったこともなかったし。
ルヴァンが終わった時、ああこれで今年も終わりだって思ったの。
それでもあと10年観ていたらきっといつかたどり着けるって。
ルヴァンでけんゆ(けんゆも元うちの子扱いなのでちょっと視点が違う)がMVPになって、どうしてもそれが何か納得いかなくて、悠様はけんゆには負けないでほしいなって思ったけど、それも3ゴールの差をつけられた時点でどこか諦めてしまっていた。
33節の浦和戦で3ゴール差が2ゴール差になってからもやっぱりその夢みたいな結末は手放したままでいた。
「悠様最終節は最低ノルマでハットだよ(笑)」
言い合ってはいたけれど、ネタのつもりだった。
どれも、つとめて夢見ないつもりでいた。
風間さんがいなくなって、嘉人さんがいなくなって、オニさんの監督一年目で、シーズン通してこれだけの結果と、ワクワクするような試合が見られただけでもう十二分に成し遂げている。そんな風に思っていた。
2013年の最終節のことは、33節浦和戦が終わった後に3分くらいだけ脳裏に過ぎっていた。
あの時我々が等々力のピッチに沈めてしまった俊輔は今、奇しくも磐田にいるのだ。
(2013年最終節に何が起きたかは昨年書いた記事の冒頭をどうぞ) tinamiya.hatenadiary.com

家を出る直前、最後の最後で11月4日に埼スタで投げそこねた青い紙テープがごっそり入った袋(その時に取った金テープも入ってた)を荷物に入れた。
いつものバクスタ2Fのチケットをうっかり取り損ねていたので、どうにかアウェー寄りの隅っこに一人分の居場所を確保。大体この状況になった時にはこのアウェー寄りの立ち見1列目を狙うんだけど、ここはピッチはよく見える代わりにオーロラビジョンがあまり見えない。
そのかわり低い天井に反響して音が巻く。自分の声もよく響く。

試合は過去の教訓をなぞるように開始早々のあべちゃんのゴール。
それだけでは苦しくなるぞ、と思うところへ前半終了寸前の悠さまのヘッド。
ポンコツな日の悠さまはあれが入らない。今日はイケるな。
HT、私の周りは誰もスマホで結果を見ておらず、誰も「そのこと」を声高に言わなかった。
3点目が入った時、「まさか」と思った。
車屋がPAで倒されたときに、周りが一斉に浮足立った。
PKがど真ん中に入った瞬間、もうその時点で私の涙腺は大決壊していた。 勝って2位、ついでに得点王、最高じゃない、って。
そして試合終了寸前。アバンテ歌いながらの5点目。はせたつのゴール。
ゴールの歓声の中で笛の音はかき消されて、視界にはベンチから飛び出してくる選手、スタッフ。オーロラビジョンはこの場所からは見えない。

音も視覚の情報もはっきりとわからない中、我々の生きるタイムラインに何が起きているのか、何を意味するのかが、「その空気」に一瞬で伝播した、決定的な、凄まじいあの時間のことを、私は一生忘れないし、きっと何度でも喚起し続けるだろうと思う。

右隣のお姉さんと左隣のお兄さん。見知らぬ人と泣きながら飛び上がって叫んだ。良かったら投げてください!と紙テープの巻きを渡した。
今まで等々力にいてたくさん感情が動く試合はあったし、嬉しい時間も、酸欠になるほど拳を突き上げて叫んだこともあった。
優勝したらどんな気持ちになるんだろうと想像してみたこともあった。
でも、その時間にいる自分は宇宙に放り出されたようなものだった。
予想も想像もできなかった感情と混乱の激流の中で、ただただ知らない気持ちと知らない眺めに呑まれていた。涙が止まらない。

優勝したらこんな気持ちになる。
いろんな人の顔や名前が脳裏によぎった。ピッチにいる選手たち、監督、スタッフ、今までの監督、かつて川崎で戦った選手たち、今も川崎を愛してくれてる人たち。
私が愛してる川崎フロンターレっていう文化を作ってくれた人たち。
私たちのチームはこんなめちゃめちゃ面白くてかっこいいサッカーをするんだ。川崎フロンターレっていう文化はピッチの外でもめちゃめちゃ面白くて、楽しくて、優しくて、とうとう優しくて楽しいままタイトルを取った。何よりそれが最高だろ!



贔屓のチームが優勝してしまった。

川崎フロンターレ。他のどのタイトルでもなく、J1リーグの年間王者。
やばい。なんだこれ。すごい。
当時。地元駅に置かれるチラシのユーモアが何か様子がおかしかったり、父の勤めている会社がメインスポンサーであったり、Vの付くチームへの反骨心であったり、色々な理由からサッカーのさの字もわからないのに興味本位で等々力に初めて試合を覗きに行ったのが1999年。
それからなんとなく浮沈を眺めつつ、ちゃんと応援して試合結果に一喜一憂し、選手の名前を覚えるようになったのが2005、6年ころであったと記憶している。
等々力に年2回くらい行くようになったのが2007、8年くらい。
それならと後援会に入会したのが2009年。(※後援会に入ると一番安い入場券が自動で2枚付いてくる)
2010年にとある選手が大卒で入団してきて、私はその選手を内心特別に応援するようになった。ちなみに「今までのチームになかったかわいい顔。線も細いし大丈夫かこの子?」みたいな理由である。
入団直前に被った大きなけがを乗り越えたその選手はほどなく最初のブレイクを果たし、ユーモアを込めて様付けで呼ばれるようになる。
特別に思う選手ができて、思い入れが増して、何よりもチームがどんどん強くなって。このチームを応援することが私にとって人生の不可欠なピースになっていたこの8年間。
昨オフにこのチームに残ることを選んでくれた彼の決断に心を動かされ、生まれて初めてオーセンティックのユニ(もちろん11番)を買った今年、彼はキャプテンを禅譲されて、チームが優勝して、得点王まで付いてきてしまった。
やばい。なんだこれ。すごい。
こう書き出してみるとサッカーわからん層ながら結構長くなってしまったサポーター歴に、そりゃあ脳内も言うべき言葉がありすぎて出なくなるというものです。
過去何年も。このチームに取ってほしい、このチームでなければ取れない、どうかこのメンバーに取らせてやってくれと思ったことは一度や二度ではなかった。
優勝請負人、みたいな見出しを付けられて移籍してきた選手だってたくさんいて、それでも幾つも幾つものタイトルが手のひらから零れ落ちていった。
風間さんが積み上げてくれたもの。オニさんが目指してくれたもの。 怪我をしなかったあの子。怪我をしても戻ってこれたあの子。 移籍して来て一生懸命フィットしてくれた子たち。 誰々がいたから、何をやったから、ではなくて。 いやその全部があって、 いやその全部にもうひとひらの奇跡を掴んで。 この場所に辿り着いたのだろう。 確信を超える結末。
これがずっと想像してきた場所。
すごい。

勝ったらきっといろいろな眺めが変わるのだろうと思っていたけど、その到来はあまりに唐突だった。
まだけっこうぐちゃぐちゃです。
この文章がどこか上滑りに見えたなら、私の魂がまだ12月2日の朝にいるのかもしれない。
まだ夢の中にいる気がする。夢なのかもしれない。

ああでも陸前高田の蒸し牡蠣は美味しかったんだ!夢じゃないんだ。f:id:tinamiya:20171205211414j:plain